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ウラガミ

いわゆるチラ裏

「よい記事が書けた」という感触について

ブログ 考えゴト


覚醒する @CDiPのdonpyさんがこんな質問をされてたので、泡沫ながらブロガーの一人として考えてみたいと思います。

まずはどんな指標が考えられるか、外的要因と内的要因に分けて列挙して、そこから自分が何をもってよい記事だと判断しているのかを書きます。

外的要因

  • PV
  • シェア数
  • 検索流入
  • 記事へのコメント
    • 賛辞・共感たくさん
    • 賛否両論
    • 批判集中
  • 「○○さんからのコメント」など個人の反応

内的要因

  • 記事を書き終った後の感触
  • 分かりやすい記事が書けた
    • 難しい概念を図式化できた
    • レトリックでもやもやしてた考えがストレートに伝わりやすくなった
  • 多くの人が目をつけていなかったものを発見して伝える(外的要員寄りだけど)


ざっと思いつくのはこんな感じですかね。

回答

で、「どれくらいの数を読まれたら」よい記事で、「数じゃないなら基準はどこか」という問いに戻って考えてみます。

まずは「どれくらいの数を読まれたら」について。
前提として自分にとって重要なのは数じゃないと断りを入れた上で、数で判断するとしたら、やっぱり検索流入だと思います。多くの人が求める情報を書けた(求めてた答えがそこにあったかは判断できませんが、、)というのはなかなか嬉しいものです。具体的な数を言うと、その記事だけで一日100PVくらいの検索流入があれば、これはよい記事が書けたな、と思います。

あくまで数で判断するとしたらです。大事なことなので~。

ちなみに、はてブなどのシェア数やPVはよい記事が書けたというより「ウケる記事が書けた」という感触の方が強いです。どんな違いがあるかは文章にできませんが、「ウケる記事」と「よい記事」は自分の中で全く違うものです。


続いて「数じゃないなら基準はどこか」について。
自分にとって大きな基準は、

  • 投稿直後の感触

  • 好きな人がどう反応したのか

の2つです。
投稿ボタンを押してから自分の記事を改めて読みなおした時、どんなところでも「ここいいな」と思えるポイントがあったら自分にとってはよい記事ですし、
自分の好きな人に「いい」とか「なるほど」とか言われると「この記事書いてよかった」と思います。見ず知らずの人に喜んでもらえたり、反応してもらえるのももちろん嬉しいんですが、やっぱり読んで欲しい人っていうのはいるものです。

蛇足

自分の目標は長く続けることなので、数や反応などの外的要因を一番のモチベーションにするのはなんか違うんですよね。もちろんただ書き続けるだけでなく、成長(なにをもって、というのはまた今度)もしたいので反応やPVなどの目標も一応ありますが、積み重ねることや自分の感触を一番大事にして、これからも書いていきます。

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