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ウラガミ

いわゆるチラ裏

タイムラインは自分のみたい部分だけを映す鏡【書評】「いいね!」時代の繋がり(熊代 亨)

書評 インターネット

シロクマ先生( id:p_shirokuma )の新刊?を読みました。

「いいね!」時代の繋がり―Webで心は充たせるか?―

「いいね!」時代の繋がり―Webで心は充たせるか?―

めちゃくちゃおもしろくて、若いネットユーザーはもちろん、ネット歴の浅い人は必読の内容でした。*1


その中でもとくに惹かれたのが、鋭いTwitterの捉え方。


自分なり*2に要約すると、

タイムライン=自己愛を充たすために構築されたもの。


アカウントを人としてではなく、自己愛を充たすためのキャラクターとして消費している。この点がリアルのコミュニケーションと全く違う。

って感じでしょうか。
どんなに注意しても、「なかのひと」がどんな人かは自分で勝手に補完するしかないので、どうしようもなくこの傾向がでてしまうんでしょうね。

じゃあどうしようか、というのはぜひ読んで確かめてみてくださいませ(放棄)


蛇足


ここで浮かんでくる疑問がひとつ。

リア友のフォロワーはどうなんだろう?
というもの。

少し考えてみると、

  • Twitterで作られたイメージがリアルに影響を及ぼす
  • 逆にTwitterの発言が言葉足らずであっても本意を読み取ることができる

ってのを思いつきます。相互に影響を与えるものなんでしょう。本にもありましたが、ただTwitterで親交があるよりはだいぶリッチな(自分の思い通りにならない)コミュニケーションになるはずです。


つぎに浮かんでくる疑問は、

Twitterから知り合いになった場合と、もともと知り合いだったのが相互フォローした場合、どのような差異があるのか
というもの。

キャラ発進の場合と、人間発進の場合と言い換えてもいいかもしれません。

アカウントをキャラクターとして消費していて、それに気づいていない人は、自分が勝手に思い描いていたキャラクターと違うなかのひとと会うことは違和感があるかもしれません。場合によってはショックを受けたり怒り出すことも考えられます。*3

それよりは、なかのひとを知ってからフォローする方が、コミュニケーションとしては健全な気がします。(ある程度)正しいなかのひと像を知っていれば、キャラクターとして消費するのは困難だからです。


だからといって会った人しかフォローしないなんておもしろくありませんし、フォローしたい人全員に会うなんて困難です。なので「どんなアカウントであってもキャラクターとして消費することの無いよう注意しながら自由にフォローし、TLを眺める」くらいがちょうどいいような気がします。

*1: よくあるジレンマでしょうが、そういう人は手に取らなそうなのが悲しい

*2: ここ大事です

*3: そんなひとは少ないでしょうが