世の中、努力なの?才能なの?
昨日(2013/04/15)の月曜RADIPEDIA
のテーマ『世の中、努力なの?才能なの?』
永遠のテーマですねぇ
要約やらメモやら
形式上引用の形をとっていますが、要約なので喋ったことがそのまま書いてあるわけではないのでご了承ください。
見た目は才能。確かに。
生田斗真になりたい。
自分では才能より努力派だと思ってる
話題の林修先生の持論もこちらで展開されています。
努力は場所/方向/量が大事って話でした。
それに対して
でも周りに勘違いだと思われていても死ぬ間際に開花する可能性も残されていると思う。その3つだけじゃなくて諦めの悪さもなんか関係してるんじゃないか。
源子≒ミル姉さん。
堅い席であればあるほど目の前の人にお茶をぶっかけたくなる欲求がある
これは若林さんと設楽さんにも共通している。
おなじみの破壊願望。
もしかしたら才能なんてものはないんじゃないか。才能という概念を無くす。っていう思考。
うまくいっても偶然。努力する人(才能ない人)からするとシンプルに考えられるし、妬みもなくなる。
これは同意。でも妬みからでるモチベーションもあるとも思ったり。
疲れたのでこのへんで。